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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
05 第五分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页
――あれ見よ、二人の大久保を。べったり、敵へ貼りついたまま、雷鳴が落ちても離れそうもないぞ。敵にとっては、さぞうるさい膏薬であろうな」
諧謔のうちに、士気を励ましながら、左右へ向って、信長は哄笑をふり撒いていた。
大勢は見えてきた。全甲軍をおおう敗色は、もう策の施しようもない。
勝頼の本陣すら、重囲のうちに陥ちていた。
左側から迫る徳川勢。また、錐揉み式に、前衛を突破し、中軍へ目がけて猛襲して来る織田勢。――その中に、勝頼をめぐる幾多の旗さし物や馬簾や母衣や伝令旗や、また馬のいななきや、甲冑の光や、星の如き刃影槍光は、血けむりと馬煙につつまれて、さながら潮旋風に囚われた一個の巨船のように、その運命は危うく見えていた。
「今は……」
と、丸山を降った馬場信房の隊だけは、まだそのとき、無傷を保ち得ていたのである。
信房は、麾下の一士を、勝頼のところへやって、
「もういけません」
と、いわせた。
退却をすすめたのである。
「無念だ。残念だ」
勝頼は、なお、地だんだ踏んでいたという。彼の気性としてさもあろう。しかし、大きな事実には、彼も抗し得なかった。
敵に、撃砕されて、内藤修理そのほかの中央部隊の諸将も、各※(二の字点、1-2-22)朱にまみれて退って来た。