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あらじょたい

日本の文学 9 徳田秋声(一)

徳田 秋声

徳田秋声『日本の文学 9 徳田秋声(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:新世帯、足迹、黴、爛。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 346,393 字 · 692 页

青空文庫

三十五

三十五

お庄は芝居の書割りのなかに誘き入れられたような心持で、走る俥の上にじッと坐っていられなくなった。ふわふわするような胸の血が軽く躍っていた。

叔父が行きつけの福本という茶屋は、軒並びでは比較的大きくて綺麗な方であった。お庄はその少し手前のところで俥を降りて、そこから薄明るい店へ入って行った。端の方に肥った二十三、四の色の浅黒い女が、酸漿を鳴らしながら、膝を崩して坐っていたので、お庄はそっとその傍へ行って聞いてみた。

「今ちょッと電話で伺ったんですがね、こちらに小崎という人が来ておりませんですか。」

女は軽く頷いてみせて、「石川島の小崎さんでしょう、それならば、もう少し前にお連れの方と御一緒にお帰りになりましてすよ。」

「そうですか。」と、お庄は考えていた。

「まアお上んなさいまし。」長火鉢の方に坐っていた四十四、五の、これも色の黒い女が奥から声かけた。

「小崎さんは、かれこれもうお宅へお着きの時分でございますよ。」

お庄は何だか嘘のような気がした。

「急に用事が出来たものですからね、今夜もし帰らないようだと家で大変困るんです。」

内儀さんはそれぎりほかの方へ気をとられていた。