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あらじょたい
日本の文学 9 徳田秋声(一)
徳田 秋声
徳田秋声『日本の文学 9 徳田秋声(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:新世帯、足迹、黴、爛。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 346,393 字 · 692 页
二十九
石で組んだ井筒には青苔がじめじめしていた。傍に花魁草などが丈高く茂っていた。
部屋はもう薄暗かった。机のうえも二、三日前にちょっと来て見たとおりであったが、そこにカチカチ言っているはずの時計が見えなかった。笹村は何だかもの足りないような気持がした。押入れや違い棚のあたりを捜してみたが、やはり見当らなかった。机の抽斗を開けてみると、そこには小銭を少しいれておいた紙入れが失なっていた。
二十九
女中に聞くと、時計は日暮れ方から見えなかった。多分横手の垣根を乗り越えて、小窃偸が入って持って行ったのであろうということであった。その垣根は北側の羽目に沿うて、隣の広い地内との境を作っていた。人気のない地内には大きな古屋敷の左右に、荒れた小家が二、三軒あったが、立ち木が多く、草が茂っていた。奥深い母屋の垠にある笹村の部屋は、垣根を乗り越すと、そこがすぐ離房と向い合って机の据えてある窓であった。
「何分ここまでは目が届かないものですから。」と女中は乗り越した垣根からこっちへ降りる足場などについて説明していたが、竹の朽ちた建仁寺垣に、そんな形跡も認められなかった。
笹村は部屋に音響のないのがたよりなかった。