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あらじょたい

日本の文学 9 徳田秋声(一)

徳田 秋声

徳田秋声『日本の文学 9 徳田秋声(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:新世帯、足迹、黴、爛。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 346,393 字 · 692 页

青空文庫

十二

――今ではそうした影も漂うていない。憶い出すと泣き出したいほど情なくなって来る。

店で帳合いをしていた新吉が、不意に「アア。」と溜息を吐いて、これもつまらなさそうな顔をして奥を窺きに来る。お作は赤い顔をして、急いで鏡に被いをしてしまう。

「オイ、茶でも淹れないか。」と新吉はむずかしい顔をして、後へ引き返す。

長火鉢の傍で一緒になると、二人は妙に黙り込んでしまう。長火鉢には火が消えて、鉄瓶が冷たくなっている。

十二

お作は妙におどついて、にわかに台所から消し炭を持って来て、星のような炭団の火を拾いあげては、折々新吉の顔色を候っていた。

「憤れったいな。」新吉は優しい舌鼓をして、火箸を引っ奪るように取ると、自分でフウフウ言いながら、火を起し始めた。

「一日何をしているんだな。お前なぞ飼っておくより、猫の子飼っておく方が、どのくらい気が利いてるか知れやしねえ。」と戯談のように言う。

お作は相変らずニヤニヤと笑って、じっと火の起るのを瞶めている。

新吉は熱った顔を両手で撫でて、「お前なんざ、真実に苦労というものをして見ねえんだから駄目だ。己なんざ、何しろ十四の時から新川へ奉公して、十一年間苦役われて来たんだ。