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あんこくせい

暗黒星

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」1939(昭和14)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 94,000 字 · 188 页

青空文庫

負傷者ばかりでなく、夕闇の鼠色に塗りこめられた広い部屋全体が、生命を失ったように寂然と静まり返っていた。窓は一か所半開になっていたけれど、部屋の空気は少しも動いていなかった。まったく風のない日であった。

明智探偵は負傷者のそばにひざまずいたまま、しかし、眼は凝然と部屋の一方の隅を見つめていた。何かしらそこを見ないではいられないような不思議な感じがあったのだ。

そこにかすかに揺れているものがあった。まったく風のない夕闇の室内に、そよぐように揺れ動いているものがあった。壁の書棚と書棚のあいだに、何か物を入れる押入れのような箇所があって、その前に垂れた鼠色のカーテンがかすかに動いているのだ。

むろん風ではない。カーテンの蔭に何か生きものがいるのだ。この家には猫が飼ってあるのかしら。いや、そんな小さな動物ではない。もっと大きいものだ。おそらくは、そこに人間が隠れているのだ。

明智はさいぜん自宅で聞いた電話の声を思い出していた。男とも女とも、老人とも若者とも判じがたい無気味なしわがれ声であった。犯人なのだ。一郎を刺した殺人者なのだ。あいつがカーテンの蔭に身を潜めているのではないか。