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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

僕は受付に名刺を出して、速水氏に会いたいというと、受付氏は怪訝な面持をして、そんな人は知らぬと云った。僕は彼がわざと白っぱくれているのだと思ったので、先日その高塔実験室を訪問した次第を説明して、ぜひに会わせてくれ、決して迷惑はかけないからと云った。すると受付氏はいよいよ変な顔をして、それは何かの間違いにちがいないと云い張った。あまり頑固に否定するので、僕はムカムカとして来た。ではともかくも十三号館の中庭へ案内しろと云うと、僕は当惑するかと思いの外、ええようございます、どうぞよく見て下さいというのである。

その口ぶりがいかにも自信にみちているので、僕はすこし気持がわるくなったが、なに行けば分ることだと思い、案内を頼んだ。

その結果はと云えば、あのくらい愕いたことは近来になかった。全く狐に化かされたとは、こんなことをいうのだろう。見覚えのある廊下を通り、これも見覚えのある硝子戸を押して中庭へ案内されたが、その中庭には確かに建っていなければならぬ筈の輪太郎の高塔が、影も形もないのだった。その中庭は光沢のある緑の芝生をもって蔽われ、ところどころにさまざまの形をした花壇が出来て居り、作り物ならぬ天然の芳香を持つ春の草花が美しく咲き並んでいた。