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しんやのしちょう
深夜の市長
海野 十三
「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页
街の科学者速水輪太郎を恋人に持ち、「深夜の市長」を神のように崇めているあのお照を、僕が逮捕しなければならぬこととなった。それは決して気持のよいことではなかった。僕は苦しい立場に追いこまれてしまったのだ。――この上は、どうかお照にめぐり会いたくもないものだ。
雪は先刻にも増してドンドン降っていた。収い忘れた陽よけの上にも、軒端に近い舗道の上にも、真白に積ってきた。僕は俄かに空腹を感じた。その上に一椀の温い飲物もほしかった。どこかに蕎麦やでも起きていないかしら。
この辺一帯は物寂しい工業地帯だった。あたりには鉄が錆びたような酸っぱい空気が澱んでいた。そしてどっちを見ても、無暗に頑丈な高塀がつづき、夜空に聳え立つ工場の窓には明々と灯がうつり、それを距てた内側で夜業に熱中している職工たちの気配が感ぜられた。何の音かはしらぬが、カーンカンと金物を打つ鋭い音が冴々と聞えるかと思うと、またザザザーッと物をぶちまけるような高圧蒸気の音がするのであった。
そのとき僕は、工場の塀ぎわに、一軒の中華そば屋の灯を発見した。僕の足は、心よりも先に、その方に踏みだしていた。