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しんやのしちょう
深夜の市長
海野 十三
「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页
「ああ、絹坊。この間のように、捨ててゆきゃしないよ。……いい児だから、ホラあすこにいて、蜜柑かなんか貰って喰べてるといい」
絹坊と呼ばれた女の児は、一人前の妖婦かなどのように、唇を小憎らしくきゅっと曲げてニタニタと笑った。そしてクルリと踵をかえすと、鼠のようにチョロチョロと奥の方に馳けていった。例の花道のような背の高い卓子の蔭に極く狭い隙間があって、その隅っこに白い瀬戸製の痰壺が置いてあった。僕がハッとする間に、もうその女の子は痰壺の上にチョコンと無造作に腰を下し、板張りの壁に痩せた身体を凭せかけた。そしていかにも楽しそうに、薄汚れたエプロンの前で小さい両手をパチパチと叩きあわせた。彼女に呉れるといった蜜柑を待ちうけるらしく、あまりにもいじらしいその場の光景だった。
「なに見ているのよオ。――」
女は僕の腕をいやというほどつねった。女の顔を見ると、彼女は早く階段を上れと、眼で合図をした。言われるままに、僕は先へ立ってトコトコと窮屈な階段をのぼっていった。女はすぐ後を追っかけてきた。そして階段をのぼりきったところにある扉を開いて、自分の身体をもって僕をドーンと室内へつきとばした。