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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

7

れていることであろうと、不図そんなことを思った。……

「もう時間が遅いので、食べている隙がないんだ。それに……米も、それから味噌も生憎切らしているのでねえ」

女は、そうかそうかという風に、わざと剽軽な面を作って肯いた。

「それから、今夜はきっとあの人にあの報告を渡す。……こいつは表の鍵だ。あとで閉めて、預っといておくれ。『ブレーキ』でまた逢おうぜ。……」

そう云い捨てて、僕は外に飛びだした。なんだか、急に朗かになったような気持だった。僕はうしろをふりかえってみた。すると、隣りの家の格子窓から、凄い引き眉毛をした、やっと肩あげの取れたばかりのような若い女が巻煙草を口に銜えて、こっちを見ていた。そしてパッタリ僕と視線を合わすと、彼女はピシャリと障子を締めてしまった。一体彼女は何者だろう? まるで鼠のように、チョロチョロ出たり引込んだりする。一方お照の方を見ると、彼女は玄関の上り鼻に太い身体を丸く曲げてこっちを見守っていたが、ニッと笑ってから、片方の手をあたりに憚るようにソッと振って見せた。

7

狭い路地を抜けて、灰色の空の下にある大通りまで出ると、僕はもう、家に残して来た年増女お照のことも、昨夜隣家に越して来た凄い引き眉毛の洋装少女のことも、共にすっかり忘れてしまわねばならなかった。