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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

火を点けようと燐寸を探すと生憎どのポケットにも入っていない。そうなると、余計に煙草が喫みたくて、絶え切れなくなった。この辺で燐寸を得るには、駅の前に行き、そこの売店へ一銭銅貨を献じるより外に手がない。僕は舌打をして、忌々しい一歩を踏みだそうとしたとき、

「モシ、……」

と、小さい声が僕を呼びとめた。それはすこし震えを帯びた優しい女性の声だった。

「えッ。……」

と、僕は驚いて、声のする方を振りかえった。すると、そこには背のスラリと高い立派な毛皮の外套を着た素晴らしい美少女が立っていて、青白い顔の下半分を、革手袋を嵌めた手で隠しながら、オズオズとした眼つきで僕の方を見つめているのだった。

「ああ、僕のことですか。……」

「……燐寸をお使い遊ばせな」

と、彼女は鶯みたいな声を出してそういうと、つと右手をのばして、革手袋の中の四角な燐寸箱を僕の前に見せた。

「ああ、これは済みません。……」

僕は燐寸を貸してくれる少女の気持を計りかねながら、その燐寸箱をうけとった。そのとき、彼女の毛皮の外套の合わせ目のところから、プーンと香りのいい化粧料の匂いが流れてきた。僕は思わずその襟の合わせ目を覗きこんだが、温かそうな毛皮の奥に、クリームのような真白な肌がすこしばかり見えて、その下に緑色のドレスがふっくらした襞績目をつくって、下に