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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页
経済機構さえがすでにそれだけで、その社会の文化の一場面だと考えられる。
こうして文化は一切の社会的事物に纏綿したものであり、そればかりではなく、吾々の発達した社会に於ては、殆んど一切の自然物さえが文化の一場面と化されているのである(例えば土木・農林業・鉱業・発電・その他の産業工学の対象)が、併しプロパーな狭い意味に文化というものを限定して考えて見ても、その内容は云うまでもなく、際限のない程多岐で多端だ。科学・芸術・道徳・宗教・世界観・風俗習慣・其の他一切のものが、それ自身文化の内容である。でこう考えて行く限り、文化は遂に一括して問題に出来ないもののようにも見えるのである。
なる程文化はありと凡ゆる形象を取って存在している。文化の夫々のジャンルの如きものと場面のようなものとを点検して行けば、話しに限りはないのだ。だがそれにも拘らず、こうした一切の文化の現象を一貫する或るものがあって、それによって文化が文化として生きている所以のものを求めることは、出来る。そして最も単純な意味では之が「文化」と呼ばれているのである。私は之を仮に思想と呼ぶことにしよう。