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かがりびのおんな
篝火の女
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页
顔二つ
『さあ、お出でお出で。飴を買う子には、阿波人形の上方踊りを見せようず。買わない子には、見せぬとは云わぬが、遠慮して、後のほうに立っておくれ。――さあ、初めは槍舞じゃ、槍舞じゃ』
顔二つ
『萩乃や。――来てごらん』
『なんですか、姫さま』
萩乃は、八雲によばれて、侍女部屋から縫物を置いて立った。
紅い糸屑がその裾についてゆく。
錦小路の邸だった。千貫以上の禄取りが住む古い武家構えの窓先なのである。裏も表も、いつも門扉はかたく閉まったままで人の住んでいる気配もない家なのであるが、めずらしく、こういう声がして、巌畳な手斧削りの窓格子に、美しい顔が二つ並んだ。
二十歳か、二十一、二ぐらいな、一方の気品のある明眸の麗人は、おととしの秋、武州野火止の合戦で、甲州勢のなかへ駈け入って戦死した東郷五郎左衛門直広のわすれがたみ――母もなく今はただ独りでこの広い屋敷に取り残されている八雲なのである。
萩乃は、彼女の小間使であり、忠僕であり、又、片刻もそばを離れないただ一人の護衛の士でもあった。――と云っても勿論、萩乃は女性なのである。そして、年ばえもそう大しては違わない、一つか二つほど上であろう。