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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

03 下巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页

青空文庫

に依って気さくな挨拶である。幸子は電話を切ってから、門前に来て待っていた自動車に乗り、国道を東へ走らしたが、業平橋を渡って数丁行くと、とある山側の邸の塀から枝をさし出した一本の桜が、早くも見事な花を着けているのに心づいた。

「まあ、綺麗な、………」

と、お春が口をすべらしたので、幸子も、

「ほんに、あの家の桜は毎年一番早う咲くわな」

と、そう云って、コンクリートの路面ながら陽炎が燃えそうに日が当っている舗道を眺めた。この間から妙子のことでゴタゴタして、ついうっかりしていたけれども、いつの間にかもう四月に這入っているので、あと十日もすれば花見の陽気になるのである。でも、今年は例年のように姉妹揃って京都へ行くことが出来るであろうか。出来たらどんなに嬉しいか知れないけれども、幸い妙子が快方に赴いたとしても、そんなに早く出歩けるようになれるであろうか。嵯峨、嵐山、平安神宮は駄目だとしても、せめて御室の花にでも間に合ってくれないか知らん。………そう云えば去年、悦子が猩紅熱に罹ったのも今月であった。あれはお花見の後だったので、京都行きには差支えなかったものの、あのお蔭で菊五郎の道成寺を見損ってしまったのであったが、今年の今月も菊五郎が大阪に来ている。