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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

01 上巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 150,580 字 · 287 页

青空文庫

いるので、午後六時と云う約束に遅れないように監督するためでもあった。

悦子は学校から帰ると鞄を応接間へ投げ出して置いて、上って来て、

「今日は姉ちゃんお婿さんに会うのんやてなあ」

と、勢込んで這入って来た。幸子ははっとして、鏡の中の雪子の顔色が直ぐに変ったのを看て取りながら、さあらぬ体で、

「そんなこと、誰に聞いたん」

「今朝お春どんに聞いたんよ。―――そうやろ、姉ちゃん」

「違うがな」

と、幸子が云った。

「今日はお母ちゃんと姉ちゃんと、井谷さんに呼ばれてオリエンタルホテル御馳走になるねんが」

「そうかて、お父さんも行くのんやないか」

「お父さんかて呼ばれてはるねん」

「悦ちゃん、下へ行ってらっしゃい」

と、鏡を視つめたままの姿勢で雪子が云った。

「―――下へ行って、お春どんにちょっと来るように云うて頂戴。悦ちゃんは上って来んかてよろしい。―――」

いつもは彼方へ行きなさいと云ってもなかなか云うことを聴かないのであるが、雪子の語調に何かただならぬけはいを察して、

「ふん」

と云うと、悦子は出て行った。そして程なく、

「何ぞ御用で、―――」

と、お春が恐る恐る襖を開けて閾際に手をついたが、悦子に何か聞かされたものと見えて、これも顔色を変えていた。