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じゆうじん
自由人
豊島 与志雄
「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页
軒影が庭に長く伸びてゆくのを、彼は無心に眺めやりながら、何も考えまいとした。
「失礼でございますけれど、あちらへいらして頂きたいとのことでございます。」
みよやの言葉に、北村はへんにびくりとしたように立ち上った。
「たいへん散らかしておりますけれど……。」
導かれたのは台所の方で、新らしい庭下駄が揃えてあった。靴下をずらして下駄をつっかけ、外に出ると、千重子が駆けて来た。
「なあんだ、君か。」
その大声を、し、と千重子は制した。
そこの空地に、竹の縁台が一つある。平素は、菜っ葉とか芋とかその他の洗い物などが、水を切るために並べられるぐらいなものであろう。その縁台に、古い畳表を展べ、座布団を敷き、大きな盆を置き、盆には酒肴が並んでいた。柿の葉の茂みが、深い木影をあたりに落している。
「いかが? お酒には涼しい方がお宜しいでしょう。」
洋装では少し肉付の不足を思わせる彼女のすらりとした姿を、北村は初めて見るもののように眺めた。
「だしぬけに、いつ帰って来たのかね。」
「さっきよ。井上のおばさまがいらしたでしょう。」
「私の知らない人だ。」
「小父さまはそうでも、わたし、今ちょっと、井上のおばさまにお逢いしたくありませんの。