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じゆうじん

自由人

豊島 与志雄

「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页

青空文庫

而もその上にまた、松本千重子の面影が重ってくるのだ。いったい桜島の山肌の本色は何なのか。彼女等の面影の本色は何なのか。如何に美しく七色に変ろうとも、俺にとっては、そのこと自体が淋しく悲しいのだ。俺は涙ぐましい眼を挙げて、山頂に薄くなびいてる噴煙を見つめた。

いったい俺は何がほしいのか。何もかも打ち捨てた後でなければ真実に何がほしいかは分らないのだ。

俺の郷里広島は、世界最初の原子爆弾で破壊された。両親と姉夫婦と弟、親しい身内の全員が死んだ。これですべてを失ったと俺は思ったのだ。――上海での終戦の混乱、乞食の群れのような生活、豚の群れのような船中、それから広島へ戻って、惨憺たる焼野原を眺め、家の者たちの死亡をだいたい知った時、まさしく、すべてを失ったと俺は思ったのだ。

その時、自分でも不敵なと感ぜられる微笑を俺は浮べた。俺の戸籍も無くなってるであろうと思ったからだ。

戦死の公報があり、遺骨も到着し、葬式も済まされ、既に仏さまとなり、戸籍面から抹殺されてる者が、終戦後、ひょっこり生き身で帰って来た、そういう話が幾つも伝えられていた。悲惨な話として伝えられていた。