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じゆうじん

自由人

豊島 与志雄

「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页

青空文庫

室の一方の壁一面にある戸棚には、各種の漢方薬がはいっている。錠がおろしてあるから、中は見調べるわけにはゆかないが、多分そこには猿の肝もある筈だ。嘗て祖母から聞いた昔話を俺は思い出す。――むかしむかし、竜宮の乙姫様がかげんがわるくて、猿の肝をたべたいと言いだされました。家来たちは相談したうえ、猿をつれてきてその肝を貰うほかはあるまいというので、亀が使いに行くことになりました。亀ははるばる海を渡り、海岸にやってきて、一匹の猿を見つけました。そしていろいろ竜宮の面白い話をしてきかせ、猿を背中にのせて竜宮へ連れてきました。ところが、おしゃべりの海月が、実はこれこれだと猿に話してしまいました。猿はびっくりして、海岸の木の上に肝を干しておいたのを忘れていたが、雨でも降ると困るなあと言いだしました。それでは肝を取りに行くよりほかはあるまいと、亀はまた猿を背中にのせ、はるばる海を渡って、もとの海岸へ戻っていきました。猿は海岸の木の上にのぼって、笑いながら亀へ言いました。海中に山なし、体をはなれて肝なし、亀は瞞されたのを悟って、すごすご竜宮へ帰っていきました。

そうだ、海中に山なし、体を離れて肝なし。