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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

仮面である。表情の影を強いて尋ねる触角は尋ね尋ねて、いつでも大きい濃い褐色の瞳に達してそこに止まる。この奥にばかり何物かがある。これがあるので、奥さんの顔には今にも雷雨が来ようかという夏の空の、電気に飽いた重くるしさがある。鷙鳥や猛獣の物をねらう目だと云いたいが、そんなに獰猛なのではない。Nymphe というものが熱帯の海にいたら、こんな目をしているだろうか。これがなかったら奥さんの顔を mine de mort と云っても好かろう。美しい死人の顔色と云っても好かろう。

そういう感じをいよいよ強めるのは、この目にだけある唯一の表情が談話と合一しない事である。口は口の詞を語って、目は目の詞を語る。謎の目を一層謎ならしめて、その持主を Sphinx にする処はここにある。

或る神学者が dogma は詞だと云うと、或る他の神学者が詞は詞だが、「強いられたる」詞だと云ったと聞いたが、奥さんの目の謎に己の与えた解釈も強いられたる解釈である。

己がこの日記を今の形のままでか、又はその形を改めてか、世に公にする時が来るだろうか。それはまだ解釈せられない疑問である。