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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

この男は最初から柱に倚り掛かって、黙って人の話を聞きながら、折々純一の顔を見ていたのである。大学の制服の、襟にMの字の附いたのを着た、体格の立派な男である。

一寸調子の変った返事なので、畳よりは純一の方が驚いて顔を見ていると、「君も画家ですか」と云った。「いえ。そうではありません。まだ田舎から出たばかりで、なんにも遣っていないのです」

純一はこう云って、名刺を学生にわたした。学生は、「名刺があったかしらん」とつぶやきながら隠しを探って、小さい名刺を出して純一にくれた。大村荘之助としてある。大村はこう云った。

「僕は医者になるのだが、文学好だもんだから、折々出掛けて来ますよ。君は外国語は何を遣っています」

「フランスを少しばかり習いました」

「何を読んでいます」

「フロオベル、モオパッサン、それから、ブウルジェエ、ベルジックのマアテルリンクなんぞを些ばかり読みました」

「らくに読めますか」

「ええ。マアテルリンクなんぞは、脚本は分りますが、論文はむつかしくて困ります」

「どうむつかしいのです」

「なんだか要点が掴まえにくいようで」

「そうでしょう」

大村の顔を、微かな微笑が掠めて過ぎた。