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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

並ぶともなしに、純一の右側を歩きながら、こう云った。

「君はどっちへ帰るのです」

「谷中にいます」

「瀬戸は君の親友ですか」

「いいえ。親友というわけではないのですが、国で中学を一しょに遣ったものですから」

なんだか言いわけらしい返事である。血色の好い、巌乗な大村は、純一と歩度を合せる為めに、余程加減をして歩くらしいのである。小川町の通を須田町の方へ、二人は暫く無言で歩いている。

両側の店にはもう明りが附いている。少し風が出て、土埃を捲き上げる。看板ががたがた鳴る。天下堂の前の人道を歩きながら、大村が「電車ですか」と問うた。

「僕は少し歩こうと思います」

「元気だねえ。それじゃあ、僕も不精をしないで歩くとしようか。しかし君は本郷へ廻っては損でしょう」

「いいえ。大した違いはありません」

又暫く詞が絶えた。大村が歩度を加減しているらしいので、純一はなるたけ大股に歩こうとしている。しかし純一は、大村が無理をして縮める歩度は整っているのに、自分の強いて伸べようとする歩度は乱れ勝になるように感ずるのである。そしてそれが歩度ばかりではない。只なんとなく大村という男の全体は平衡を保っているのに、自分は動揺しているように感ずるのである。