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せいねん

青年

森 鴎外

「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页

青空文庫

全集というような物が揃えてございますの。その外は歴史のような物が多いのでしょう。亡くなった主人は法律学者でしたが、その方の本は大学の図書館に納めてしまいましたの」

奥さんが未亡人だということを、この時純一は知った。そして初めて逢った自分に、宅へ本を見に来いなんぞと云われるのは、一家の主権者になっていられるからだなと思った。奥さんは姓名だけの小さく書いてある純一の名刺を一寸読んで見て、帯の間から繻珍の紙入を出して、それへしまって、自分の名刺を代りにくれながら、「あなた、お国は」と云った。

「Y県です」

「おや、それでは亡くなった主人と御同国でございますのね。東京へお出になったばかりだというのに、ちっともお国詞が出ませんじゃございませんか」

「いいえ。折々出ます」

奥さんの名刺には坂井れい子と書いてあった。純一はそれを見ると、すぐ「坂井恒先生の奥さんでいらっしゃったのですね」と云って、丁寧に辞儀をした。

「宅を御存じでございましたの」

「いいえ。お名前だけ承知していましたのです」

坂井先生はY県出身の学者として名高い人であった。Montesquieu の Esprit des lois を漢文で訳したのなんぞは、評判が高いばかりで、広く世間には行われなかったが、Code Napolon の典型的な飜訳は、先生が亡くなら