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くろとかげ

黒蜥蜴

江戸川 乱歩

「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页

青空文庫

岩瀬氏は女の小面憎さに、ついいやがらせをいってみたくなった。

「ええ、ですから、わたくし、ちゃんと用意がしてございますの」

ピストルでも取り出すのかと思うと、そうではなくて、彼女はツカツカと売店の方へ歩いて行って、そこに並べてあった賃貸しの双眼鏡を持ってきた。

「あすこにお湯屋の煙突がございますわね。あの煙突のすぐうしろの屋根の上をごらんなすってくださいまし」

彼女はその方を指し示して、双眼鏡を岩瀬氏に手渡すのであった。

「ホウ、屋根の上に何かあるのかね」

岩瀬氏はふと好奇心にかられて、双眼鏡を眼に当てた。塔から三町ほどへだたった、長屋の大屋根である。湯屋の煙突のすぐうしろに物干台が見え、その物干台の上に、一人の労働者みたいな男が、うずくまっているのがハッキリ眺められる。

「物干台に洋服を着た男がおりますでしょう」

「ウン、いるいる。あれがどうかしたのかね」

「よくごらんくださいまし。その男が何をしていますか」

「や、これは不思議じゃ。先方でも双眼鏡を持って、こちらを眺めているわい」

「それから、片方の手に何か持っておりませんですか」

「ウンウン、持っている。赤い布のようなものじゃ。