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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
怪談
「へんな水の音がしたぜ」
だが、その時分には、素早い運転手は、車の方向をかえて、もう半町も先を走っていた。
明智は明智で、闇の河岸縁を走って、橋の袂の公衆電話へ駈けこんでいた。
敵は水を利用しようとしている。追跡はどこまでつづくかわかったものではない。味方の者に、あとのことを指図しておかなければならなかった。
怪談
その翌未明、大阪の川口を出帆した二百トンにも足らぬ小汽船があった。しあわせと風波のない航海日和、畳のような海原を、その船は見かけによらぬ快速力で、午後には紀伊半島の南端に達したが、どこへ寄港するでもなく、伊勢湾などは見向きもしないで、まっしぐらに、太平洋のただなかを、遠州灘めがけて進んで行った。ちっぽけな船のくせに、大胆にも、遠洋航路の大汽船と同じコースを通っているのだ。
外見はなんのへんてつもないまっ黒な貨物船。だが、船内には貨物倉などは一つもなくて、ハッチを降りると、そとのみすぼらしさに引きかえて、驚くほど立派な船室が、ズラリと並んでいた。貨物船と見せかけた客船、いや客船というよりは、一つのぜいたくな住宅であった。
それらの船室のうちでも、船尾に近い一室は、広さといい、調度といい、きわだって立派やかに飾られていた。