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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
ホテルの客
ホテルの客
帝都第一のKホテルにも、その夜、内外人の大舞踏会がもよおされたが、ほとんど徹宵踊りぬいた人たちも、すでに帰り去って、玄関のボーイどもが眠気をもよおしはじめた夜明け前の午前五時頃、スイング・ドアの前に一台の自動車が横づけになった。
緑川夫人のお帰りだ。
ボーイたちはこのぜいたくな美貌の客に少なからぬ好意を持っていたので、素早くそれとさとると、先を争うように自動車のドアに走り寄った。
毛皮の外套に包まれた緑川夫人がおり立つと、そのあとから一人の男性の同伴者が現われた。年配は四十くらい、ピンとはねた口ひげ、三角型の濃い顎ひげ、鼈甲縁の大きな目がね、毛皮の襟のついた厚ぼったい外套、その下から礼装用の縞ズボンがのぞいていようという、政治家めいた人物だ。
「この方お友だちです。あたしの隣の部屋あいてましたわね。あすこへ用意をさせてください」
緑川夫人は、フロントに居合わせたホテルの支配人に声をかけた。
「ハ、あいております。どうか」
支配人は愛想よく答えて、ボーイに支度を命じた。
ひげの客は、だまったまま、そこにひらかれた帳簿に署名して、夫人のあとを追って、正面の廊下をはいって行った。