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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

「あんたのことじゃないよ」

いやがらせを言い散らしているみたいだが、俺の気持としてはもっとどぎついいやがらせを自分自身に向けて言いたいのだった。

昼間のこの銭湯は、楽隠居といったじいさんがひとりいるきりだった。たっぷりと湯ぶねに溢れた綺麗なさら湯に、ガラス越しの陽光がさしこんでいる、爽快である。その湯にすっぽり身体を沈めて、頭の上に手拭を乗せたじいさんが、呑気に浪曲か何か唸っていた。

俺は湯につかって、ああいい気持だと思わず言ったものの、快さとともに腹立たしさからも免れなかった。世間はこの昼間の銭湯のように全くのんびりしたもんだった。留置場から出た俺がシャバから与えられたその第一印象は、俺にとっていかにも腹立たしいものだった。十月事件は世間の眼からひた隠しに隠されていたのだ。十月事件というようなものが必然的におきていい世の中だとも俺は思っていたのに、その世間はまことにのんびりと安泰を楽しんでいる。なんだか俺はいっぱい食わされたみたいなのだった。

湯ぶねからあがって、流し場に足をおろすと、俺はくらくらっとした。たった二十九日の拘留なのに俺の身体はすっかりなまっていた。