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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

こんなところに逃げ隠れしとることはない。俺がすべてを帳消しにしてやる」

赤ん坊の籍も入れられる? これが俺の頭のなかに閃いた。

「今ごろになってまたなんだって急に……」

俺を呼び出しに来たのか。今まで逃げ隠れさせておいて、急に声をかけるとは、どういうわけか。

「今こそ支那へ行かなきゃならんときだからだ」

そう言う矢萩の眼はいかにも狡そうな光を放っていた。砂馬を狡いと罵ったこの矢萩のほうがずっと狡そうで、しかもそれが小汚い狡さと感じられる。俺は顔をそむけて、

「支那へ行くにつけて、こんなところまでわざわざ俺を引っ張りに来るようじゃ、矢萩さんもいい子分に不自由してるのかな」

ゴロバる(怒る)ならゴロバれ、そんな気持で俺は言った。怒らせてみたい気もしたのだが、

「残念ながら、お前さんみたいな胆のすわった悪党はおらんな」

そんな言葉で俺をおだてた。

「悪党? そう言う矢萩さんは悪党じゃない……?」

「国を思う悪党さ」

「対支強硬論も国を思うため……? 慷堂先生も国を思い、支那を思い……だが矢萩さんのような対支強硬論者じゃないな」

何気なく言った俺の言葉が矢萩をかっと怒らせた。