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ゆだんたいてき

ゆだん大敵

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1945(昭和20)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,664 字 · 41 页

青空文庫

……武家屋敷を千手町へぬけて北へゆくと、樹立と耕地に挾まれた坦々たる道は、月光を吸って浮きあがるように明るく信濃川へとまっすぐに延びている。

河畔まで小走りに急いで来た久之助は、渡し守の小屋へ近寄って戸を叩いた。

「城の者だ、舟を頼むぞ」

この渡しは刻無しである、へいと答えてすぐに渡し守が出て来た。

「半刻ほどまえにここを渡った者があるか」

「へえ」

男は酒臭い息をしていた。

「……お武家さまが一人おみえでしたが、はじめ渡せと仰しゃって、おやめになりました」

「渡らなかったのか」

「暫く月見をしてゆこう、そう仰しゃいまして、向うの」

と渡し守は河畔を指さし、

「……あの河岸のところにおいでです、実はいま酒を温めて持ってゆくところでして、へえ」

「あの柳のあるところだな」

久之助はふり返ってそちらを見た、それから、

「……よし、その酒はおれが持っていってやる」

そう云って渡し守の手から燗徳利を取ると、しずかに河のほうへ下りていった。信濃川はうすく靄だって、すぐ向うにある柳島も、幻のように青くおぼろである。

……月光を湛えた川波を前に、淵田主税助はたいそう風流めかした姿で坐っていた。