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フレップ・トリップ

フレップ・トリップ

北原 白秋

「女性」プラトン社、1925(大正14)年12月号~1927(昭和2)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,698 字 · 293 页

青空文庫

横から見たら首の根っこが鼠の裸児のような紅いろをしていた。毛むくじゃらの両手だ。

技手が何か手真似で戯けた。そしたら露助が、またしゃっ面を一層赤くして、「あっはっはっ。」と笑った。

「まだ日本語が話せないのです。」と技手が私たちを振り返った。

「何という姓ですか、この人は。」と一行の誰やらが訊いた。

「クリロフ。そうだったね。」と技手が眼で笑った。

「クリロフ。」

露人もまた眼で笑った。

何と素直で善良なロスキー気質であろう。おおまかで如何にも寛々とした無智。

クリロフの家は樺太における露人の住居特有な校倉式の丸太組のそれではなかった。極めて粗末なバラックで、ただ洋風に窓を劃り羽目板をぶつけたに過ぎない。

私は見まわした。

入口の一室はほんの六、七畳の板の間で、突き当りは物置らしい開き戸になっていた。右手の窓下にはフライ鍋やスープ鍋、瀬戸びきの大きな杓子、薬鑵などが雑然とぶらさがっている、これが台所だ。

セメントのペチカは右の室へ通ずる渋がちの廉更紗のカーテンの傍に造りつけになって、そのまた隣りに、これも粗末なテエブルが一つ出しっぱなしになっていた。ほかほかと焼けかかったパンの香いがして、ペチカの焚き口には赤い火の反射が幽かにはみ出していた。