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フレップ・トリップ
フレップ・トリップ
北原 白秋
「女性」プラトン社、1925(大正14)年12月号~1927(昭和2)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,698 字 · 293 页
浴衣がけなぞにはなったためしがない。髪をオールバックにチックで反らして、美髯の、瀟洒な風姿であるが、何か気取って、笑うにも声もさして立てず、肯き肯きする。腕を拱む。ボーイに麦酒ひとつ呼んだことがない。夫人は先ず船中一の美人であろう。細っそりして、色が白い。身重で、時には面やつれがして見えるが、そのせいか何かコケチッシュにも感じられる。童謡音楽会の時はこの奥さんが、私の「あわて床屋」をピアノで弾いたのが導火線になった。だが一曲弾いただけですっと居なくなってしまった。若い学生たちの乱酒と騒擾とに驚いたのだろう。食堂ではチンと澄ましている。それが今夜は鼠色の眼鏡をかけて、急に寂しくなった。
私と庄亮とはO氏やA博士やH君夫妻を向う斜めに見わたせる、船舶課側の窓際のクッションに凭れる、末席の方だが、このテエブルには若い船医や京都府の警部さんのA君やと大概は同席である。だが、今は私たちの前には某銀行の重役のBさん夫妻が並んでいる。私たちの隣室の客だ。Bさんは下り眉の濃い眼尻のたるんだ中老の恵美須顔だ。サイノロジイらしいなと誰かが噂した。妻君は桃いろのスカートで、歩くときには、その健康そうな円いお腰がくるりくるりと弾む。