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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

「あたし下へゆきますよ、お客さまが待っていますからね、ああ、それから酒屋へやる三両はどうして下さるの」

「そんな金はない」

「料理屋が酒を止められてもいいんですか」

「酒屋はほかに幾らでもあるだろう」

「いいわ、それなら新らしい酒屋を頼んで下さい」おかねは立ちあがった、「あたしは雇われているだけだから、そういうことにはかかわりませんからね」

「雇われているだと」

「いまはっきりさせるほうがいいかもしれないわね」と立ったままおかねが云った、「この店を始めてから今日までの給銀、女中の役とからだを貸した分と、両方まとめて払ってもらいますよ、これからのことはそのあとの相談にしましょう、よござんすね」

得石は「きさま」と云って立とうとした。そのとき階段を踏み鳴らして、「おかねはどうした」と喚きながら、一人の男があがって来、おかねが障子をあけて、ここにいてよ、と呼びかけた。男はよろよろとこっちへ来て、廊下から座敷の中を覗きこんだ。年は三十一か二であろう、着ながしに無腰という身なりも、痩せて骨ばった、色の黒い顔に険のある眼つきなども、侍というよりまるで渡世人という感じにしかみえない。