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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
得石の手が口髭へいった。
「ちょっとそこまで歩いてくれ」と男は顎をしゃくった、「その裏の空地までだ、てまはとらせねえから来てくれ」
「用があるならここで聞きましょう」と彼はひるまない口ぶりで答えた、「いったいおまえさんはどういう人だ」
「裏へいきゃあわかるこった、世話あやかせねえでちょっと来てくれ」男は唇で笑った、「ここでもいいが往来の眼があるぜ、人の見ている前で恥をかくのは、おめえだってうれしかあねえだろう」
「しかし用というのはいったい」
「うるせえな」と男は乱暴に遮り、ふところ手を出したとみると、すばやく得石の腕を掴んだ、「下手に出ていればいい気になりゃあがって、野郎、来るのか来ねえのか」
すでに往来の人が四、五人、立停ってこっちを見ていた。
「わかった」と彼は弱味を見せまいとしながら云った、「それほど云うのならゆこう、だが乱暴なことはするな」
「おめえほどじゃあねえさ」
さあこっちだと云って、男は得石の腕を掴んだまま、紙問屋と乾物屋の路地をぬけていった。――路地を出ると百坪ばかりの空地で、隅のほうに古材木が積んであり、地面は霜どけのためにぐしゃぐしゃしていた。