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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
と与助が云った、「有り合せですがどうぞ、一と口召し上りながらお待ち下さい、行燈の明るさはこのくらいでちょうどですから」
「酒はいらない」と千之助が云った、「この膳はさげて、茶を持って来てもらおう」
「しかしせっかく支度をしたものですから」
「酒は飲まない」と千之助は強く云った、「さげさせてくれ」
与助は「へえ」と云った。
あるじが去るとまもなく、隣り座敷へその女がはいって来た。まだ十七か八くらいの娘で、おはなに覗かせると「そうだ」と云った。案内した女中がお新というのだそうで、火鉢の火を直したり、酒や肴の膳をはこんで来たりした。火鉢には燗鍋をかけ、膳は二つ、角樽は一升入りであった。
このあいだにこっちでも酒の支度をさげ、若い女中が菓子鉢と茶道具を持って来た。おはなの耳へ口をよせて「姉さん頼みますよ」と囁いたから、それが妹のお初というのであろう、千之助には黙って会釈をし、忍び足で去っていった。彼はおはなに手を振った。茶はあとだ、というふうに手を振り、そのまま隣りのようすを見まもった。
――罪だな、こいつは。
役目とはいえこれは罪なことだ、と彼は思った。たとえ相手が人殺しであっても、そんなふうに覗き見をするというのは非道であり、むしろ神聖を冒涜する、という感じさえした。