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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

と云った。驚いたり狼狽したようすは少しもなく、ゆったりとおちついた態度だった。

「私は町方与力の青木千之助という者です」と彼は答えて云った、「ちょっと聞きたいことがあるのだが、坐ってもいいですか」

娘は「どうぞ」と云い、すぐ気がついたように、片方の膳の前にある座蒲団を取って、千之助のほうへすすめた。彼はそこへ坐り、刀を右に置いた。

「役目だから言葉を改めます」

「はい」と娘は坐り直した。

「まずところと名を聞こう」

「住居は湯島横町、名は倫と申します」

「親がかりか」

「はい、いいえ」娘はかぶりを振りながら、眩しそうに眼を伏せた、「少しわけがありまして、いま親の家からはなれ、湯島横町で茶の師匠をしております」

「年は幾つになる」

「二十歳になります」

「二十歳で茶の師匠か」と千之助は云った、「実家のことを聞こう、ところ、しょうばい、両親やきょうだいのことだ」

娘はためらった、「あのう」と娘は口ごもり、哀願するような眼で千之助を見た、「こんなことが親に知れると困るのですが」

「親には知れないようにしてやる、尤も、云えなければむりに云わなくともいいんだ」

「家は日本橋石町で、伊勢屋という紙問屋をしております」