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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
おしのはそっと顔をそむけた。
夕方になり、父が眠っているのを慥かめて、おしのは石町の伊勢久を訪ねた。「伊勢久」は瀬戸物問屋で、主婦のおとよは古くから母と親しくしていた。縹緻もよくないし、ひどく肥えていて躯つきもみにくいが、派手づくりで遊び好きなところは母とよく似ていた。日本橋通り二丁目の、吉井屋の妻女もそのなかまであるが、住居が近いためか、気性が合っているからか伊勢久の妻女のほうが、母とはもっとも親しかった。二十九日に「往き帰り七日」ということででかけたとすると、四日はその帰る日に当っている。もし伊勢久で帰っていたら、すぐに亀戸へ迎えをやるつもりであったが、訪ねてゆくとおとよはいた。――肥え太った躯に派手すぎる小袖を着、反り返るような恰好で出て来たおとよは、おしのの問いに首を振り、子供のような細い声で、あたしは知らない、と答えた。
「だって」おしのは戸惑った、「吉井屋のおばさんといっしょに、うちのおっ母さんと江ノ島へいらしったんじゃないんですか」
「いかないわよ」とおとよはまた首を振った、「吉井屋のおはんさんも、二日の晩からきのう夕方まで、泊りがけでうちへ来ていたわよ」