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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
「そうか、出ていったか」彼は手で口のまわりを横撫でにしながら、べそをかくような表情でだらしなく笑った、「そいつあ、お誂えむきだ」
「そりゃあよかった」
「合の手ぴったりだ、こっちは別れ話をどう切りだしたらいいかと、迷ってたところなんだ」
「そりゃあよかった」と六が云った、「それでこっちも口がききいいや、師匠にがっかりされでもしたら、いくらおれがむささびの六にもしろ、こんなむしんはできやしねえ、仲次郎とでも相談しなくちゃあなるめえかと思ってたところだ」
蝶太夫が眼を細くして六を見た、「――仲次郎がどうしたって」
「おめえに五十両、都合してもらいたいんだ」
「おれか、おめえか」と蝶太夫がまをおいて云った、「どっちか酔ってるらしいな」
「こんどのいろは凄えってえじゃねえか」と六は茶碗から飲んで云った、「年はまだ十七、八、姿かたちがずばぬけていて、うちは大金持、師匠のためなら百両や二百両、右から左へ貢ぐってえ話だぜ」
「景気がいいな」と蝶太夫が云った、「嘘にもしろそういう話は景気がいい、ひとつ、そういう穴があったら世話をして」
ぴしっという音がし、蝶太夫の頭が左へ傾いた。