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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

神谷はホッとして、青ざめている弘子をなぐさめておいて、一と足遅れてカフェを出た。

人通りのまったく途絶えた、夜ふけの裏町には、氷のような黒い風が、悲しげな音を立てて吹きすさんでいた。神谷は突然沙漠の中へほうり出されたような淋しい気持になって、帽子をおさえながら、タクシーを拾うために、近くの大通りへと歩いて行ったが、ヒョイと、その町角を曲がると、大通りの青白い街燈の下に、さいぜんの恩田が立っているのが見えた。

カフェでは、丸めて脇の下にかかえていたので、それとわからなかったが、いま見ると、彼は背広の上には不似合いな、黒のインバネス・コートを着て、巨大な夜の怪鳥の姿で立っているのだ。風が吹きすぎるたびごとに、そのインバネスの裾や袖が、ヒラヒラと、コウモリの翼のようにひるがえっている。

神谷は怖いもの見たさに、じっと立ち止まって、西洋の古い物語に出てくる魔法使いみたいな恩田の姿を見つめていると、彼は突然、黒い風に向かって、妙な叫び声を立てながら、だだっ子のようにじだんだを踏みはじめた。ただの寒さしのぎではない。気が違いそうに昂奮しているのだ。どうにもならない衝動を、そうしてまぎらしているのに違いない。