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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

怪人は、異様に鋭い叫び声を立てたかと思うと、パッとインバネスの羽根をひろげて、まるで一匹の猛獣のように、哀れな犬に飛びかかって行った。

薄暗い常夜燈の下に、人と犬とは黒い一つのかたまりとなって、鞠のようにころがりまわった。人も犬ももはや声さえ立てず、恐ろしい沈黙のうちに闘った。

だが、この段違いの争いは長くはつづかなかった。黒いかたまりが、パッタリ動かなくなって、ソロソロと立ち上がったのは恩田の影であった。立ち上がると、そのまま振り向きもしないで、立ち去った彼のあとに、グッタリと横たわっているのは、可哀そうな犬の死骸だ。

神谷はその犬の死骸に近づいてみて、さらに戦慄を新しくした。犬は無残にも口を引き裂かれて、まっ赤な血のかたまりになって倒れていたのだ。ああ、なんという怪物だろう。あいつは人間ではない。人間がこんな残酷なまねをするものか。それにこの恐ろしい力はどうだ。あいつは犬の上顎と下顎に両手をかけて、メリメリと引き裂いたのに違いないが、なみなみの力でそんなことができるものだろうか。

神谷は相手のあまりの残虐におじけづいて、よほどそのまま引っ返そうかとも思ったが、彼の執念深い好奇心は、怖さに打ち勝って、両手に脂汗を握りしめながら、またも怪人の跡を追った。