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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

「ええ、そうかもしれませんね。そんなこってすね。ですが、自動車でなくったって、もう大分時がたっていますからね。この辺にグズグズしているわけはありませんよ。エヘヘヘヘヘ、じゃごめんなさい」

虎男はいかにも愚鈍な調子でそんなことをつぶやくと、虎の首をスッポリかぶり直して、ノロノロと立ち去って行った。

明智小五郎は次にとるべき手段を、急速に考えなければならなかった。だが、それを考えながら、ふと彼は背後の空虚を感じた。ゾクゾクと背筋を襲ってくる空虚の感があった。

彼はそれが何を暗示するかを悟ると、思わずギョッとして振り返った。すると、ああ、果たして彼の背後にいるべき人の姿が見えなかった。「よいとまけ」姿の文代さんは、まるで蒸発でもしてしまったように、谷底の抜け道から姿をかき消していた。

「何かあったのだな」

明智はたちまちそれと直覚した。でなくて、文代さんがことわりもなく、彼の眼界から消え去るわけはなかったのだ。

赤い広告ビラの裏に、「文代さんは大丈夫かね」と書いてあったが、明智がそれを読んでいたその瞬間に、文代さんはもう「大丈夫」ではなかったのだ。

それにしても、一体全体どんな手段によって、白昼雑沓のただ中に、そのことが行なわれ得たのであろう。