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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

人が来たんだ。一人や二人じゃねえ。早く逃げなくっちゃ」

「だが、どこへ? どこへ逃げればいいんだ」

「だめです。逃げ道なんかありゃしない。あの裏口のほかは、どっちへ行ったって人の山だ」

「じゃあ、君、頼む、上の配電盤室へ行って、電燈を消してくれたまえ。この建物を暗闇にしてくれたまえ。その間に、おれは見物席へまぎれ込むから。お礼は約束の三倍だ」

最後の手段であった。

「よし、引き受けた。早くこちらへお逃げなさい。舞台裏への近道だ」

男は言い捨てて、先に立って駈け出して行く。恩田は執念深く恋人をかかえたままそのあとを追った。

舞台ではコーラス・ガールの花売娘たちが、一か所にかたまって、恐怖におののいていた。見物席は総立ちになったまま、不安にざわめいていた。

「幕だ、幕だ」

どこかで叫ぶ声が、かすかに聞こえてきた。だが、どうしたことか緞帳はなかなかおりてこないのだ。

すると、突然舞台が暗闇になった。

「ああ、幕の代わりに照明を消したんだな」と思う間もあらせず、再びパッと明るくなった。そして、今度は客席の電燈という電燈が、一時に消えてしまった。

舞台裏から、意味のわからぬ数人の怒号が、入りまじって響いてきた。