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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

やっぱりあれは気のせいだったに違いない。皆に話をしなくっていいことをしたと、ホッと胸なでおろす気持だった。

午前九時半には、新しい家庭教師の殿村夫人がやって来た。

「今日は大変お顔色がよござんすわね」

殿村夫人は昨日に変る品子の顔色を見て云った。

「エエ、昨夜はよく眠れましたのよ」

品子もほがらかに答えた。たった半時間あとに、どのような恐ろしい運命が、待ち構えているかも知らないで。

暫く話している内に、女中が朝のお風呂が沸いたことを知らせて来た。

「先生、一寸失礼しますわ」

「エエ、どうか御ゆっくり、わたくし階下でお母さまとお話していますから」

そうして、品子は湯殿へおりて行ったが、風呂をすませて、手早くお化粧をすると、元の二階の居間へ帰る為に、裏階段を上って、そこにある大広間の前の廊下を歩いていた時、彼女はふと、障子の嵌込みガラスの向うに、異様な物の姿を認めて、思わず立止った。

そこは二十畳程の大広間なのだが、滅多に使わない座敷だものだから、北側の窓などは両方をしめたままになっていて、部屋の中は陰気に薄暗かった。その薄暗い床の間の前に、何かしら見なれぬ大きなものが置いてあるのだ。