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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

「アスノバン十二ジ」

京子はその青眼鏡の男から視線をそらさず、手元を見ないで鉛筆を動かすものだから、仮名文字はまるで子供の書いた字の様に、非常に不明瞭であったが、兄妹はメニュを窺き込んで、やっと判読することが出来た。

「何を書いているんです。それはどういう意味なのです」

相川青年が思わず訊ねると、京子はソッと左手の指を口に当てて、目顔で「黙って」という合図をしたまま、又青眼鏡の男を見つめるのだ。

暫くすると、鉛筆がタドタドしく動いて、又別の仮名文字が記された。

「ヤナカテンノウジチョウ」

それからまた、

「ボチノキタガワ」

「レンガベイノアキヤノナカデ」

と続いた。メニュの裏の奇妙な文字はそれで終ったが、鉛筆をとめてからも、やや五分程の間、向うの隅の青眼鏡ともう一人の紳士とが、勘定を済ませて食堂を立去ってしまうまで、京子の視線は、青眼鏡の顔を追って離れなかった。

「どうしたんです。訳を云って下さい」

京子のたださえ青い顔が一層青ざめていることと云い、この何ともえたいの知れぬ気違いめいた仕草と云い、ただ事ではないと思われたので、相川青年は、真剣な顔をして、ヒソヒソ声になって、きびしく訊ねた。