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こいのでんしちろう

恋の伝七郎

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页

青空文庫

「うんよく利いてる、うめえ」「香りは青じそに限るんだが、茗荷っきりねえんだからしようがねえ、まあ一つ」「まあおめえに遣ろう」「いいってことよ、重ねねえな、おらあ毎日やれるがお屋敷じゃそうもいくめえ、ここへ来たときくれえは遠慮ぬきにやってくんな」「だがいつもこっちは馳走になるばかりだからなあ」「よさねえか、友達の仲で馳走もくそもねえ、そんな他人ぎょうぎを云うと怒るぜ」「他人ぎょうぎじゃあねえ本当なんだ」伝七郎は注がれた酒を一くち舐めて置き、感慨に耽るような調子でこう云い出した、「おれは十万石の家中で中老を勤める者の子だ、痩せても枯れても侍のはしくれだ、いかに友達とはいいながら、汗水ながして稼ぐおまえのことを思えば、一杯の酒だって奢られる義理はないんだ、それはわかっているんだが、なあ忠さん、おれはここへ来るのがなにより楽しい、こうしておまえと二人で呑む酒が、おれにはなにより楽しいんだ、おまえには察しもつくまいが」と、彼は胸に溜った物を吐き出すように云った、「おれは自分の家にいても、朝から晩まで気楽に息をつくことさえできない