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こいのでんしちろう

恋の伝七郎

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页

青空文庫

毒を舐めれば皿までの故事

ことはよくわかったろうな」「…………」伝七郎にはなんとも答えようがなかった。ただぽろぽろと涙が出た。口惜し涙といえばいえたが、とにかく何かに手痛く裏切られたといういいようもない涙だった。平助はつづけて、「貴様は勝たなければならぬ、たとえ死んでも勝たなければならぬ。万一にも負けるようなことがあれば、よし父上がゆるすと仰しゃっても我等がそのままでは捨て置かぬ、永井家の名誉にかけて、詰腹を切らせるからそう思え」「試合までにあと十日ある」と父が付加えた、「それまで充分に稽古をして、いま平助が申すとおり必ず村松に勝つのだ、沖田とのことはその後で糺明する、わかったな、わかったら立て」伝七郎は立った。

彼の頭は昏乱し、心は動顛していた。世の中も人間も不信と虚偽のかたまりであること、真実はいつも汚辱され堕とされ踏みにじられること、あらゆるものが救いようもなく自分の敵であること、そんな考えが濁流の渦を巻くように彼を掴み、ひきずりまわした、彼は溺れかかる者が水から逃げるように屋敷をとびだした。

毒を舐めれば皿までの故事

夜も十時となれば騒々しい