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こいのでんしちろう

恋の伝七郎

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页

青空文庫

浮世の隅に隠れたる友

午後で、乾いて埃立った道の上にぎらぎらと傾いた日光が照返している、彼は辱しめられた無念さに顔を歪め、強く下唇を噛みながらまっ直に歩いてゆく、普通の者なら恐らく深刻な悲痛な表情になるのだろうが、彼の顔は不幸なことにそうならない、迂濶に見ると背中を蚤にさされて痒いのを我慢してでもいるような感じだ。

しかしいま銀之丞に辱しめられたばかりである。作者までいっしょになってこき下ろすのは止そう。話を進める方が先だ。

浮世の隅に隠れたる友

道場を出た伝七郎、武家町へ曲る辻まで来ると、そこで立止まってちょっと考えたが、家の方へはゆかずに本町通りをぬけ、鍛冶屋町のとある路次裏へと入っていった。……そのあたりはちょっと口にするのを憚かるような、けしからぬ名の付いた貧民長屋で、路次へ一歩はいるとなにやらすえたような匂いが鼻をつくし、長屋と長屋の間の狭い庇間に棹を渡して、股引だの寝衣だのおしめだの下帯だのが干してあり、その下ではちょうど雑魚でも群れているように、襤褸を着た子供たちが泥溝板を踏鳴らしながら、喚いたり泣き叫んだり、罵しり合ったり、右往左往に駈けずりまわっている。