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こいのでんしちろう
恋の伝七郎
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页
蒔かぬ種子まで苅らされる運
酔いのためだが自分ではそう気がつかない、この意気で乗込んでやろうと思うと、一世一代の勇気が湧いてきた。……上ろうとしたら長兄の平助が廊下の向うからやって来て、「ばかに早いじゃないか」と珍しくあたりまえな調子で呼びかけた、「ええ早朝稽古に道場へゆこうと思いまして」と、こちらも大いに張のある返辞をした。いい心持である、そのまま厨へいって、炊きたての飯で塩むすびを拵えさせ、水を呑みながら三つばかり頬張ると、着替えをして、颯爽と屋敷を出ていった。
蒔かぬ種子まで苅らされる運
伝七郎は頻りに汗を拭いている、相対して坐った沖田源左衛門は、いま聞いた客の言葉に茫然として、頓には挨拶の文句も浮かばない。なにしろ寝ていたところを起されて、いきなり、「お嬢さんを嫁に欲しい」というのである。うっかりしているところを面へ一本、それも痛烈なやつを打込まれた感じで、うんと云ったきり絶句してしまった。そして次には、そこに四角張って坐り、例の不細工な顔をむやみに緊張させて、返辞いかにと固くなっている伝七郎の恰好を見ると、こんどは擽られるようにおかしくなり、危く失笑しそうになったので、慌てて空咳をしながら、「よくわかりました」