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こいのでんしちろう

恋の伝七郎

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页

青空文庫

渇きに気がついて、そっと炉の間へはいっていった。そこは湯茶の支度をする部屋である、彼は炉に掛けてある湯釜の蓋をとり、冷たいやつを柄杓で汲んで、呑もうと口へ持っていったとたん「ばか者、なにをする」とうしろから呶鳴りつけられた。次兄の門之助が立っていた。「柄杓へ口をつけて飲む馬鹿があるか、そんなに飲みたかったら表へいって泥溝の水でも飲むがいい、それが貴様には似合っているぞ」「そうしてもいいですよ」さすがに伝七郎もむっとした、彼は次兄から眼を外らしながら、「たぶん永井家の名誉になるでしょうからね」と云った、「なに、もういちど云ってみろ、貴様、きいた風なことを申して」「だって兄上が」「黙れ、口答えをすると殴るぞ」拳をつき出しながら近寄って来た。伝七郎は黙った。門之助は弟の顔を軽侮に耐えぬもののように睨みつけたが、小言を言う張合いもないといいたげに舌打ちをして、「朝食が済んだら木下に紙を出させて罫紙を刷っておけ」と命じた。「私がやるんですか」「おまえに命じるからはおまえがやるに定ってるじゃないか」「庄兵衛がいつも刷ってるんでしょう」