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こいのでんしちろう

恋の伝七郎

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,650 字 · 60 页

青空文庫

なり打合せどおり裏道をとって馳け出した。

馳けだすまではそうでもなかったが、馳けだすと間もなく二人とも恐ろしく怖くなってきた。さっきの下僕は家のある所へゆくなり喚きちらしたに相違ない。この城下でこんな出来事は稀だし、まだ宵のことだし、聞いた者はみんなとびだして来るだろう、すぐに籔小路へ馳けつける、番所へ知らせる、沖田へはもちろん役人へも告げに走る、むやみやたらに手をまわして、四方八方から追っかけて来るだろう、提灯、追詰めて来る足音、その叫び声など、そのありさまがまざまざと眼に見えるようだった。それでやたらに馳けつづけた、けれど例え娘でも人間ひとりそう軽くはない、こいつを担いで休みなしに馳けるというのは無理である。しかも闇夜のことで道を迷い、定めて置いた逃げ口から外れたりしたので、広い田圃へかかる林の中の道まで来ると、もう意地にも我慢にも馳けられなくなった。「伝さん休もう、おらあ死にそうだ」「おれも息が止りそうだ、まいった」「いやここで下ろしちゃあいけねえ、向うにお堂みてえなものがある、あすこへいって休もう、道の上じゃあ追手の眼につくから」