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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

「御切腹のおつもりか」

と、糺されて、

「否、否」

と、上人以下は、ぜひなく囲みの一方を解いてもらって、悄然、石山を立ち退いたものであった。

伝来の宝物も、仏具調度の七珍八宝も、ことごとく堂宇のうちに遺したままであった。

「やがて、信長が来て、検分のとき、醜しくも、取り乱したるものかな――などといわれては恥辱ぞ」

と、本願寺側でも、その以前に、あらゆる什物宝器を展列して、いちいち目録を添え、塵を払い、欄を浄め、立つ鳥水を濁さず――のことばの通りきれいにして去っていた。

最後の最後までふみとどまっていた教如は、その去るときに、法衣の袂へ、茶入れ一ツ入れて行っただけであった。そしてその日のうちに、泉州佐野川の辺まで落ちのびて行ったという。

爰ニ大坂ヲ創テ初メテヨリ以来四十九年ノ春秋ヲ送ルコト、昨日ノ夢ノ如シ、世間之相、事時之相ヲ観ズルニ、生死ノ去来、有為転変ノ作法ハ、電光朝露ノ如シ、タダ一声称念ノ利剣、コノ功徳ヲ以テ、無為涅槃之部ニ至ランニハ如カジ――

当時の人、太田牛一の手記によれば、大坂開市以来の繁栄と、顕如、教如などの心中を、いかばかり口惜しくも名残惜しけんと、こう記述している。