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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
06 第六分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页
「さても、さても、懐かしいぞ。会うは明日とのみ思うていたに、よう来た、よう来た。――この広間では広すぎて寒い。こなたへ来い。此方へこそ」
と、さしまねく。
これは驚くべき例外である。右大臣家みずから先に立って、しかも自分の居間へと案内するのであった。
秀吉たるものも、この主君の歓待に、どうして易々と甘んじていられよう。
「……あ、いや。わが君」
なにか、あわてていおうとはした。けれど、信長がさっさと行ってしまうので、身を屈めたまま、膝をもって駈けるように追いすがり、
「勿体ないお扱い、お座所にお在して、近臣へおいいつけ給われば」
「まあ、よい。入れ」
すでに、常住の一間の前である。信長の気もこよいは実に軽々と見うけられた。――それ、筑前に褥をとらせよ、寒いから手炉を与えよ、茶よりも、酒がよかろう、まだ夕食は前かすんだか――などという細々しいことまで、左右に命じ、彼にたずね、さながら親身の弟でも迎えてくれるようだった。
「……はい。……はい。はい」
とばかりの他は、秀吉は平伏したまま答えも出なかった。何をいおうとしても、ただ感泣が先だってしまう。有難なみだというものか、甘やかな感情の底から、時々、嗚咽になりそうな熱いものが痞みあげて来てならなかった。