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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

「ぼんやりしていてよろしいと仰せられますか」

「そう思う」

「すると、茶の心とは、ぼんやりしているほどよろしいもので?」

「いや、そうはいえません。これは筑前どのに限ったことで」

「むずかしい! いや、厄介なものですな」

「それを筑前どのには、いともやさしく、気軽に持っておられようが」

「何も分らんからで」

「うははは。これはどうも、いくら申しても、蒟蒻問答のような」

客と客のはなしを、水屋の陰で、宗易はじっと聞いていた。何か、興深そうに耳をすまして。

ひそかになった。信長自身が、点前しているものとみえる。茶柄杓から茶碗におとす湯の音が、しずかに聞える。それは量にしては、小柄杓一ぱいのわずかな湯であったが、茶室の静寂をやぶるただひとつの音であった。聞きようによっては、とうとうと滝つぼへおとす千丈の飛瀑とも大きく聞える。

茶筅の音。そして亭主からすすめる。客側がいただく。それらのかそけきうちに交わされる主客の和敬の礼と睦みを、水屋の宗易はやはり前のままの姿で、板敷に凍りついた人の如く聞きすましていた。

一碗また一碗、お正客からおつめまで、一巡すると、やがて亭主の信長も、自服で一ぷくのみながら、客とともに四方山のはなしに交じる。